東京地方裁判所 昭和30年(ワ)6910号 判決 1956年5月23日
原告 相川勝美
被告 後関慶次郎
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し東京都江戸川区西一之江一丁目三百九十番地所在、木造亜鉛板葺平家建一棟、建坪十四坪五合(以下本件建物という。)を収去し、その敷地たる右同所同番の四、宅地五十坪二合一勺(以下本件土地という。)を明け渡せ、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めその請求原因として、
(一) 本件土地は、もと訴外藤ケ谷哲三郎の所有であつた。
(二) 原告は、昭和二十九年九月二十七日右訴外人に対し金二十五万円を、弁済期同三十年三月三十一日として貸与し、同人所有の本件土地につき、右債務を担保するために、同三十年三月十五日根抵当権の設定並びに右金員を期限に弁済しないことを条件とする代物弁済契約を締結し、同三十年三月十六日根抵当権の設定登記及び右代物弁済契約による所有権移転登記請求権保全の仮登記手続を終えたところ、右同人は、期限に前記債務の支払いをしなかつたので、原告は、昭和三十年五月八日右債務の代物弁済として本件土地所有権の譲渡を受け、同月十八日その旨の所有権移転登記手続を終えた。
(三) しかるに、被告は、何等の権原なくして右地上に本件建物を建築所有し、以つて本件土地を占有している。
(四) よつて、本訴請求に及んだ。
と陳述し、被告の主張事実に対し、
本件土地が自作農創設特別措置に基き国によつて買収されその買収通知書が被告主張の頃前記訴外人に送達されたこと、本件土地が被告主張の如く国より被告に売り渡たされたこと及び右買収売渡しによる本件土地所有権移転登記手続が現在なお完了していない事実は、いずれも、認める。しかしながら、原告は、前記のとおり、買収、売渡しによる所有権移転登記前に、本件土地を右訴外人から譲渡を受け、すでにその旨の所有権移転登記手続を終え、以つて第三者に対する対抗要件を具備したものであるから、本件土地所有権をもつて何人にも対抗し得るものである。
と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁として、
原告の主張事実のうち、本件土地がもと訴外藤ケ谷哲三郎の所有であつたこと、右土地につき原告のためにその主張の如き登記手続がなされていること、被告が右地上に本件建物を建築所有して本件土地を占有していることは、いずれも、これを認めるが、原告が本件土地所有権を取得したとの点は否認する、その余の事実は知らない。
仮に、原告が、右訴外人から本件土地の譲渡を受けたとしても、右土地所有権を取得することはできない。その理由を詳述すれば次のとおりである。
(一) 被告方は、代々農業を営み、現に、被告は、田畑合計五反八畝歩を耕作しているものであるところ、被告は大正七年頃訴外藤ケ谷哲三郎の祖父浜吉から、本件土地(当時田)を借り受けて耕作していたが、大正十二年頃これを埋め立てて宅地とし、次いで翌十三年七月右地上に本件建物を建築所有するに至つた。
(二) しかして、本件土地は、その後訴外藤ケ谷哲三郎の所有に属するに至つたものであるが、国は、自作農創設特別措置法第十五条に基き、買収の時期を昭和二十四年七月二日として右土地を買収し、同年九月二十八日右訴外人に対する買収通知書を送達し、該通知はそのころ右訴外人に到達した。被告は、国より昭和二十六年二月二十日売渡しの時期を昭和二十四年七月二日として農地の附属物たる本件土地の売り渡しを受け、以つて右土地所有権を取得したものであるが、被告においてその代金過払いにより、現に江戸川区農業委員会において面積対価の清算中であるため、本件土地の買収乃至売渡しによる所有権移転登記手続は完了していないのに過ぎないのである。
(三) 従つて、前記訴外人は、右買収処分により本件土地所有権を喪失したものであるから、その後右訴外人から本件土地所有権の譲渡を受けてその旨の所有権移転登記手続を終えた原告も、また右土地の所有権を取得することはできない。
以上のとおりであるから、被告は、原告の本訴請求に応ずることはできない。
と陳述した。<立証省略>
理由
原告は、昭和三十年五月八日訴外藤ケ谷哲三郎間の同三十年三月十五日附停止条件付代物弁済契約に基き、本件土地所有権を取得したと主張し、被告は、本件土地の所有者であつた右訴外人は昭和二十四年九月二十八日自作農創設特別措置法第十五条の規定に基く買収処分により右土地所有権を喪失したから、その後これが譲渡を受けた原告は右土地所有権を取得することができない旨抗争するのでまず、原告及び右訴外人間の前記停止条件附代物弁済契約当時、右訴外人が本件土地所有権を有していたかどうかについて判断するに本件土地がもと右訴外人の所有に属していたこと及び国は昭和二十四年九月二十八日自作農創設特別措置法第十五条の規定に基き、右訴外人から買収の時期を昭和二十四年七月二日として本件土地を買収し、その買収通知書はその頃右同人に到達したことは、いずれも当事者間に争いのないところであるから、国は、右買収処分により買収通知書が右訴外人に到達した昭和二十四年九月二十八日頃本件土地所有権を完全に取得し、右訴外人の本件土地所有権は消滅したものというべきである。
しからば、登記簿上単に所有者として表示されているに過ぎない。右訴外人から、右買収処分後本件土地所有権の譲渡を受け、その旨の登記手続を終えた原告は、無権利者より所有権移転登記を受けたに止まり、右土地所有権を取得するに由なきものといわなければならない。もつとも、此の点に関し、原告は、前記買収処分による所有権移転登記前に本件土地の所有権移転登記手続を終えて第三者に対する対抗要件を具備したものであるから、右土地所有権を以つて何人にも対抗し得るものであると主張するが、自作農創設特別措置法に基く農地及びその附属物の買収処分は、農地改革という国の政策を遂行する手段として法定の要件に該当する農地及びその附属物の所有権を国家が公権力により強制的一方的に取得する行為であつて、一般私法上の取引行為とはその性質を異にするから、私経済上の取引の安全を目的とし物権変動の第三者に対する対抗要件を規定した民法第百七十七条の規定は右買収処分には適用されず、従つて、国は、前記買収処分により取得した本件土地所有権につき、登記なくして何人にも対抗し得るものと解するを相当とするから、原告の右主張は採用することができない。
よつて、原告が本件土地所有権を取得したことを前提とする原告の本訴請求は理由のないこと明らかであるから、失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 福島逸雄)